師匠を募集中

小澄らんかさんと広島の高段者DK0710さんを師匠にしたいと思っています。

でも、小澄らんかさんは囲碁界の天使という位置づけのVtuberだから弟子入りするのはむつかしいでしょうね。月額1000円の支援をするっていうことで棋譜添削をお願いしようと思います。

 

DK0710 さんはアマ低段者へのアドバイスをするのが好きというアマ高段者みたいなので可能性アリですね。

私の年齢や希望を取り入れて適切なアドバイスを頂ける高段者を募集しています。

 

私、はっぽの囲碁歴。

1960年頃、囲碁を父に教わる。ポン抜きゲームだと認識していたら父の白石がシチョウで逃げて、必死に追いかけるもシチョウ当たりがあって崩壊、大泣きに泣いてそれから25年以上碁は打っていない。但し、棋道やNHK杯、新聞の囲碁欄はずっと読んでいました。趙治勲の台頭、武宮宇宙、石田コンピューター、大石を仕留める加藤剣正。それらのいいところを採用しながら負けない小林さん。

 

29歳のころ、おつきあいしていたとてもきれいな女性から、「お父さんはお母さんを捕まえるためにお爺様が好きな囲碁を勉強して、毎週末碁を打ちに来たんです」と言われました。それから半年くらいして、初段クラスのヒトと普通に打てるようになるように勉強しました。

 

とても幸せなことですが、囲碁は少し負けましたが勝者の娘さん(私がプロポーズしていた彼女)に婚約指輪を買いました。その後、美しい顔をした賢い娘と同じく綺麗な顔で囲碁を教えたら数年で5段クラスになる息子を得ました。

 

息子は体が弱かったので内弟子のオファーはお断りしましたが、寺山怜6段とは同じ教室に通っていました。 藤沢一蹴先生と、本間明男先生に誘っていただきました。

息子が打った碁は、最後の最後まで決着が見えず実に面白い碁でした。

寺山怜君は面白いことを言いました。

「あなたはどれくらいで打つんですか?

「君と対局してる小さい子供の父です、僕は初段くらいですがこの子はすでに勝てません。」

「僕は今は弱いですが、この子と一緒に藤沢一蹴先生に弟子入りりしたいです」

 

もう一度私の碁の話をします。

パンダネットで十年くらい前の月例会 低段の部で優勝しています。

そのころ勤めていた水処理工業会の囲碁大会でも初段の部で優勝しています。

 

それから十年

 

アドバイスをください

 

これだけ囲碁経験があっても、初二段でずーっと来ているのはある意味凄いことなのかもと思います。