サンサンが燦然と輝いていた時代
昭和40年代後半から50年代前半にかけて、布石の中で星とサンサンが良く打たれていました。それまで主流であった小目が非常に少なくなった時代です。
サンサンはあまりにも隅に固執しすぎていてバランスがよろしくないとみる向きもおおく、サンサン派と星派に分かれていたくらいです。
サンサン派の大巨頭は坂田栄男名人本因坊その他たくさんのタイトル保持者です。一時期は扇子の揮毫にも「燦々」と書いていたくらいでした。
若手では石田芳夫先生。
さらに若手で趙治勲先生。
石田先生と趙さんの間にくるのが中国流で相手の大石を仕留めてしまう「殺し屋加藤」「そして、アマチュア向けの布石と思われていた三連星で大模様を張って買ってしまう武宮宇宙流」
囲碁界が一番輝いていた時期かもしれません。
布石としてのサンサンは星に対してすぐにサンサンに入るのがAI伝授の定石化している今、見直されてもいい着手ではないかと思います。